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第78回黒船祭開催します!!

黒船祭
黒船祭黒船祭

第78回黒船祭のご案内
※今年は5月19日(金)~5月21日(日)の開催です!!


黒船の来航と開国を記念した下田最大の祭典です。「幕末タイムスリップ」 をテーマに、まち全体が開港当時の情緒で彩られ、着物姿の人々が街中にあふれます。海上花火大会、米海軍、海上自衛隊の音楽隊が出演するパレードやコンサートなど、国際色豊かなイベントが行われ、下田を大いに盛り上げてくれます。

日時:5月の第3土曜日を含む金、土、日

場所:伊豆急下田駅よりすぐ(下田市街各地)

駐車場:あり(市内各所)

関連ページ:
ペリー黒船艦隊来航と日本開国
日本における初代米国総領事ハリス
【背景と沿革】
徳川幕府による鎖国政策は、嘉永7年(1854)神奈川において締結された日米和親条約により、その門戸を下田を開港地として近代世界に開かれました。和親条約交渉中にすでに米艦は下田に来航し、港内の測量を実施しており、これ以後、通商条約で横浜開港となるまでの間、下田は開港地として日本外交の中心舞台となりました。
下田「鼻黒」に上陸したペリー一行は、「了仙寺」において、日米和親条約附録13か条の締結交渉をおこない、林大学頭をはじめとする日本側全権団との間に調印を取り交わしました。また、安政3年(1856)サン・ジャシントン号により下田に来航したハリスは、米国初代駐日総領事として、柿崎「玉泉寺」に星条旗を掲げ、安政5年(1858)には日米通商条約締結に成功しました。
その後、総領事館が麻布「善福寺」に移り、開港場としての下田の役割は終えることとなりましたが、近代日本の夜明けとなり、「下田が西洋世界への窓口としてその伝統を生かしつづけ、また、日米両国の関係育成に重要な役割を果たしつづけている。」(元駐日米国大使マイケルH.アマコスト氏)という歴史的背景から、下田開港につくした内外の先賢の偉業を顕彰し、その偉大なる功績を永遠に記念するとともに、併せて世界平和と国際親善に寄与することを目的として、黒船祭が開催されることとなりました。
開港80周年を記念した第1回黒船祭は昭和9年、4月20日から5月3日までの2週間にかけて行われました。来賓であったグルー駐日米国大使夫妻、野村吉三郎海軍大将等は軍艦「島風」で下田港に入港し、開港先賢慰霊祭を中心に、仮装提灯行列、開港記念展覧会、連日の花火打上げ、黒船に艤装した遊覧船による港内・神子元石廊崎方面への航行、黒船音頭等の発表等、数多くの催しものが盛大に行われました。
その後「黒船祭」は、国際的な観光行事として、下田の観光の目玉と読めるまでに定着していきますが、太平洋戦争の勃発により、昭和16年から昭和21年までの6年間は開催できなくなります。しかしながら、終戦後、昭和22年に再開を果たすと、国際親善を体現する日米交流の場として、更には下田のまちが活気づく観光の一大イベントとして、年ごとに盛大に発展していきます。
黒船祭は、今後も下田開港のシンボルとして、また日米親善の場として歩みを続けていきます。みなさんもぜひ、黒船祭に参加して、幕末の風情を賑わいを感じてください。
第一回黒船祭の様子
第一回黒船祭の様子
日米親善野球大会後
日米親善野球大会後
黒船花火大会(海上スターマイン)
黒船花火大会(海上スターマイン)
【黒船祭の経過と歩み】
弘化 3 年(1846)
米国提督ビッドル浦賀に来航
嘉永 2 年(1849)
英艦マアリーナ号下田入港
嘉永 6 年(1853)
米国提督ペリー浦賀来航、開国を求める。
嘉永 7 年(1854)
日米和親条約締結 下田即時開港
下田奉行所再置 吉田松蔭密航を企てる
5月13日 ペリー上陸交渉開始
5月14日 条約交渉開始
5月25日 条約書調印
10月15日 露国提督プチャーチン下田来航
安政 元年(1855)
日露和親条約を下田「長楽寺」で調印
安政 2 年(1855)
仏艦コンスタンチン号下田入港
安政 3 年(1856)
米国駐日初代総領事タウンゼントハリス着任
安政 4 年(1857)
ハリス天城越えで江戸へ
安政 5 年(1858)
日米通商条約妥結
日露修好通商条約締結
日英修好通商条約締結
日仏修好通商条約締結
安政 6 年(1859)
玉泉寺の米総領事館閉鎖
下田閉港
明治41年(1908)
米露兵の合同慰霊祭(開港50年記念)
大正14年(1925)
バンクロフト米国大使を迎え歓迎会、
花火大会及び提灯行列実施(開港70年記念)
昭和 2 年(1927)
ハリス記念碑除幕式(マクベー米国大使出席)
昭和 9 年(1934)
第1回 黒船祭開催(開港80周年記念)
昭和14年(1939)
第6回 日米児童交歓会
昭和15年(1940)
第7回 日米児童生徒交歓会
昭和16〜21年
中断
昭和22年(1947)
第8回 再開
昭和23年(1948)
第9回 日本国旗掲揚が許可
昭和28年(1953)
第14回 ペリー.ハリス開国記念碑除幕
昭和33年(1958)
第19回 空母「ホーネット」、
潜水艦「キャットフィッシュ」参加
ニューポート市と姉妹都市提携
昭和35年(1960)
第21回 日米修好の碑除幕
(日米修好通商100年記念)
昭和37年(1962)
第23回 ニューポート市代表団初参加
5月13日 ソ連大使来田 墓前祭
昭和41年(1966)
第27回 ペリー上陸記念碑建立
昭和49年(1974)
第35回 準備万端も伊豆沖地震により中止
(米海軍より救援物資が届く)
昭和54年(1979)
6月 ジミー カーター大統領来田
昭和55年(1980)
第41回 5月12日〜18日迄 1週間開催
昭和61年(1986)
第47回 下田日米協会発足
平成元年(1989)
第50回 記念誌発行
平成 6 年(1995)
第55回 ペリー生誕200年、日米親善140周年
平成16年 (2004)
第65回 下田開港150周年記念
平成17年 (2005)
第66回 ペリー提督子孫の参加
平成18年 (2006)
第67回 領事館開設150周年記念セレモニー
平成23年 (2011)
第72回 東日本大震災により中止
平成24年 (2012)
第73回 静岡県との共催、観光庁の後援にて開催
      岩手県(山田町・大槌町)より130名招待
      2012下田トモダチ宣言
平成26年(2014)   第75回 下田開港160周年記念
             (日米友好の木「ハナミズキ」植樹式)
 更新日:2017/02/07
このページに関するお問い合わせ: 観光交流課: 下田市東本郷1-5-18: Tel 0558-22-3913: Email kankou@city.shimoda.shizuoka.jp